横浜地方裁判所 平成3年(ワ)1228号 判決 1992年8月21日
原告
前山富美子
右訴訟代理人弁護士
谷口隆良
同
谷口優子
被告
日本ゴルフ場企画株式会社
右代表者代表取締役
細川道子
右訴訟代理人弁護士
仁科康
同
藤井正夫
被告
後藤朗
右訴訟代理人弁護士
鈴木英夫
主文
一 被告らは、各自、原告に対し、二二四万六六四五円及びこれに対する昭和六三年六月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを四分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決の第一項は仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の申立て
原告は、「被告らは、各自、原告に対し、一一四一万〇八五八円及びこれに対する昭和六三年六月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被告らは、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。
第二 請求原因
一 本件事故
原告(昭和八年九月四日生)は、昭和六三年六月一五日、被告会社の経営する相模野カントリー倶楽部ゴルフ場(以下「本件ゴルフ場」という。)の相模コース九番ホール(以下「相模九番」という。)においてキャディーとして勤務中、被告後藤が同ゴルフ場の城山コース一番ホール(以下「城山一番」という。)ティーグランドから打ったゴルフボールを前頭部に受け、頭部挫傷の傷害を負った。
二 治療の経過と後遺症
原告は、右傷害のため、事故当日の昭和六三年六月一五日から同年八月六日まで春日台病院に入院し、同月七日から平成元年四月一〇日まで同病院に通院し、この通院と一部重なる昭和六三年九月二〇日から平成二年六月一三日まで総合相模更生病院に、平成元年三月三一日から平成二年二月二四日まで金程診療所にそれぞれ通院して治療を受けたが、完治せず、同月二八日、頭痛、頭重、肩こり、めまい、臭いがわからない、全身のしびれといった自覚症状を伴う頭部外傷後遺症が固定した。右後遺症は、後遺障害等級表の一二級の「局部に頑固な神経症状を残すもの」に該当する。
三 責任
1 本件ゴルフ場の城山一番は、ティーグランドからの打球が左側に隣接する相模九番に飛び込みやすい構造になっており、実際にもしばしば相模九番にボールが打ち込まれ、キャディーが負傷するといった事故が生じていた。したがって、本件ゴルフ場を設置及び管理する被告会社としては、城山一番からの打球が相模九番のプレーヤーやキャディーに衝突するのを防止するために相模九番に防護柵を設ける等の必要な措置をとるべき義務があるのに、これを怠り、その結果、本件事故を生じさせたものであるから、民法七一七条に基づき、本件事故によって生じた原告の損害を賠償すべき義務がある。
2 被告後藤は、完全に自己の打球をコントロールする技量がないから、城山一番でティーショットをするにあたっては、打球の届く範囲内に人がいないことを確認し、あるいは、打球のコントロールの容易なクラブを用いるなどして、隣接の相模九番にいるプレーヤーやキャディーに打球を衝突させることのないようにすべき注意義務があるのに、これを怠り、相模九番のプレーヤーやキャディーの動向に注意を払うことなく、クラブの中で最も打球の方向性のコントロールの難しいドライバーを用いてボールを打った過失により、打球を相模九番にいた原告に衝突させて本件事故を生じさせたものであるから、民法七〇九条に基づき、本件事故によって生じた原告の損害を賠償すべき義務がある。
四 原告の損害
1 休業損害 六〇六万三一二一円
原告は、本件事故のため、事故当日の昭和六三年六月一五日から平成二年二月二八日まで六二三日間休業を余儀なくされ、平均賃金日額八一二七円の六二三日分合計五〇六万三一二一円とこの間の賞与一〇〇万円の合計六〇六万三一二一円に相当する損害を被った。
2 通院交通費
春日台病院分 六七六〇円
総合相模更生病院分 一万二二四〇円
金程診療所分 五万一二〇〇円
関東労災病院分 一万七二八〇円
3 入院雑費
一日あたり一二〇〇円の五三日分
4 後遺症による逸失利益 三一九万七三八二円
五七歳の女子労働者の平均賃金を年二七四万九五〇〇円、原告の労働能力喪失率を0.14、労働能力喪失期間を一一年間、右期間に対応するライプニッツ係数を8.3064として、右期間の逸失利益の本件事故時の現価を算定すると、その額は、三一九万七三八二円となる。
5 慰謝料
入通院分 二一六万〇〇〇〇円
後遺症分 二四〇万〇〇〇〇円
6 弁護士費用 一〇三万八二七八円
五 よって、原告は、被告らそれぞれに対し、右損害合計一五〇〇万九八六一円から既に支払を受けた労災保険金三五九万九〇〇三円を控除した残額一一四一万〇八五八円とこれに対する不法行為当日の昭和六三年六月一五日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第三 請求原因に対する認否
(被告会社)
一 請求原因一記載の事実は認める。
二 同二記載の事実は知らない。
三 同三の1記載の主張は争う。
四 同四記載の事実は否認する。
(被告後藤)
一 請求原因一記載の事実は認める。
二 同二記載の事実は知らない。
三 同三の2記載の主張は争う。
四 同四記載の事実は否認する。
第四 被告らの主張
(被告会社)
被告会社は、ゴルフ場の設置及び管理者として、打球による傷害事故を防ぐために、次のような措置をとっているから、その設置及び管理に瑕疵はない。
1 高低差及び植栽による防止措置
城山一番のティーグランドよりも相模九番のフェアウエイを約六メートル高くし、かつ、その間に植栽を施している。
2 特設ティーグランドによる防止措置
アマチュアープレーヤーが自然に正しい方向に向かって立つことができるようにするため、城山一番のティーグランドの中に正しい打球方向を示す人工芝のマットを敷いている。
3 一打付加による防止措置
本件ゴルフ場においては、城山一番から相模九番にボールを打ち込んだ場合に一打付加とすることにより、プレーヤーにボールを相模九番に打ち込まないようにさせている。
4 一般的教育による防止措置
被告会社は、常日頃従業員に対して危険防止のための教育を実施しており、その一環として、キャディーに対し、(1)ラウンド中はヘルメットを着用すること、(2)城山一番は相模九番に打ち込むと一打付加であることをプレーヤーに告げて打球の方向をアドバイスすること、(3)打球が隣接ホールに向かったときは、直ちに「フォアー」と声をあげて警告すること、(4)隣接ホールから警告があったときは直ちに防御態勢をとること等の徹底を図っている。
(被告後藤)
一 ゴルフ競技における打球は、非常に巧みなプレーヤーを除き、一般には意のままにならないもので、打球の方向や距離をコントロールして人との衝突を回避することは困難であることから、自己のホールからも他のホールからも打球が飛び込んでくることはしばしばあることである。したがって、ゴルフ場でキャディー業務に従事する者は常に打球が衝突する危険にさらされていることになるが、そのような危険な業務に従事する者は、その業務に従事中に打球で被害を受けることは、加害者に故意または重大な過失があるか、被害の原因となるような競技のルールやマナーに反する行動がある場合を除き、これを容認しているものとみるべきである。そして、被告後藤には城山一番でボールを打つについて故意または重大な過失がなく、競技のルールやマナーに反する点もなかったのであるから、本件事故による被害は原告において受忍すべきものである。
二 原告は、本件事故時にヘルメットを着用していたのであるから、正規の用法に従った着用であればボールが衝突しても受傷するはずがない。原告が受傷したのは、ヘルメットの着用の方法が悪かったかヘルメットの材質に欠陥があったかである。これは原告の過失というべきであるから、損害賠償額を定めるについてはその過失を斟酌すべきである。
(被告ら)
被告後藤及び同被告に付き添っていたキャディーの吉沢洋子は、被告後藤が城山一番のティーショットをした際に、大声で「フォアー」と警告している。原告は、昭和五六年以降本件ゴルフ場にキャディーとして勤務していて、被告会社から前記のとおり事故防止のための教育を受けており、また、ゴルフコースの危険性についても熟知していたのであるから、右警告を聞いた時に、直ちに打球の飛来する方向を予測して退避等の措置をとるべきであり、そうすれば、本件事故は回避することができたはずである。本件事故は、原告がその回避措置をとらなかったために生じたものであるから、原告には本件事故の発生につき過失があるというべきであり、したがって、損害賠償額を定めるについてはその過失を斟酌すべきである。
第五 被告らの主張に対する認否
被告らの主張はいずれも争う。
第六 証拠関係<省略>
理由
一本件事故
請求原因一記載の事実(本件事故)は、当事者間に争いがない。
二治療の経過と後遺症
1 <書証番号略>と原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故により前頭皮が切れたため、事故当日の昭和六三年六月一五日、春日台病院で二針縫合の治療を受け、以後、頭痛、めまい、項部痛、右上肢しびれ感等を訴えて、同日から同年八月六日まで同病院に入院し、引き続き同月七日から平成元年四月一〇日まで同病院に通院し(実通院日数二六日)、これと一部重なる昭和六三年九月二〇日から平成二年六月一三日まで嗅覚障害を訴えて総合相模更生病院に通院し(実通院日数三六日)平成元年三月三一日から平成二年二月二八日まで頭痛感、頸部痛、全身疲労感等を訴えて金程診療所に通院し(実通院日数四〇日)、同年五月九日から同年一二月七日まで嗅覚障害、めまい、頭痛等を訴えて関東労災病院脳神経外科、耳鼻咽喉科、外科、放射線科、皮膚科、産婦人科、泌尿器科、内科及び整形外科に通院して(実通院日数二二日)治療を受けたことが認められる。
2 <書証番号略>と原告本人尋問の結果によれば、(1)原告は、本件事故前の昭和六三年三月七日、食欲がない、めまいがする、鼻が出る、眼が痛い、関節が痛むと訴えて総合相模更生病院で受診し、以後、同月三一日、同年五月一〇日、同月一六日にも受診しており、右同日の受診時には、血圧最高一六〇、最低九四を記録し、食餌指導を受けていること、(2)同年五月に本件ゴルフ場で転倒し、肋骨にひびが入る怪我をしていること、(3)原告には、前記のとおり前頭皮が切れたほか本件事故による外傷はないこと、(4)本件事故後の同年六月二〇日の腰椎穿刺で水様透明の髄液が確認されており、頭部レントゲン検査でも異常所見はないこと、(5)同月二八日の脳波検査では、焦点徐波、棘波等の異常所見はなく、正常であること、(6)同月三〇日のCT検査では本件事故前からのものとみられる多発性の空洞性梗塞と脳萎縮の所見があるが、占拠性病巣や脳浮腫、脳内出血腫の所見はないこと、(7)平成元年三月三一日、平成二年四月二日、同年五月九日の各CT検査でも空洞性梗塞(陳旧性)が認められたほかは、先のCT検査での所見と同様であること、(8)平成元年三月一日、同年一〇月二五日、平成二年五月九日、平成三年三月一九日の各レントゲン検査では、いずれも変形性頸椎症の所見があることが認められる。
そして、原告のこれらの症状について、(1)金程診療所医師高橋俊平は、平成二年四月一七日、原告の症状を脳梗塞、高血圧、肩凝り症、アレルギー鼻炎とし、原告の主訴である頭痛感、右上肢のしびれ感、肩凝り、全身疲労感は頭部外傷後遺症によるものではなく、脳梗塞によるもの思われる旨診断し(<書証番号略>)、北里大学脳外科医師三井公彦は、平成元年三月一四日、原告の脳神経に異常はないと診断している(<書証番号略>)。(3)また、高橋脳神経外科病院の医師高橋俊平は、平成二年三月九日、相模原労働監督署長の照会に対して、原告の症状は自覚的訴えが主なものであり、平成二年二月二八日に症状が固定したとしたが、不定愁訴に近いもので、本人の就労意欲の問題である旨の回答をしている。(4)杏林大学脳神経科教授原充弘の意見は、原告には本件の受傷前から不定愁訴と高血圧症及び多発性の空洞性梗塞巣がみられたところ、本件の受傷によって、めまい、頭痛等の症状が出現し、一時期これらの症状が増幅され、持続したものと理解されるが、外傷そのものは腰椎穿刺で髄液が水様透明なこと、反復したCT検査で陳旧性の空洞性梗塞巣以外に異常所見のないことから、外傷は脳損傷を伴う程大きなものではなかったと判断されること、したがって、頭部外傷によるめまい、頭痛及び不定愁訴の責任は長くても受傷後一年とみるのが相当であり、その後の主訴は、本来の変形性頸椎症、多発性空洞性脳梗塞、高血圧症、アレルギー性鼻炎等に原因があるとみるべきであるというものである(<書証番号略>)。これに対し、関東労災病院脳外科医師馬杉則彦は、原告の主訴とする頭痛、頭重、肩こり、めまい、臭いがわからない、全身のしびれといった自覚症状は、嗅覚障害の点を除き、本件事故による受傷の後遺症であって、後遺障害等級表の一二級の「局部に頑固な神経症状を残すもの」に相当する旨の意見書を相模原労働基準監督署長あて提出しているが、そのこと以上に本件の受傷とこれからその症状が生ずる関係については明らかにしていない(<書証番号略>)。
3 右各医師等の診断及び意見を参酌しつつ右認定の事実に即して考えると、原告は、本件の受傷前から高血圧、鼻炎、軽度の脳梗塞などにかかっていたところ、本件の受傷により、めまい、頭痛等の症状が増幅されていたが、受傷の部位や程度からして、その影響は原告が症状固定時期と主張する平成二年二月二八日ころまでに消滅しており、原告の主張する後遺症を含むそのほかの症状は、本件事故と関係のない頸椎症、脳梗塞、高血圧症、鼻炎等によるものか、原告特有の心因性のものとみるのが相当であるから、右同日までのめまい、頭痛等の症状は本件不法行為と相当因果関係にあるといえるが(嗅覚障害は本件事故とは因果関係がない。)、同日後の症状のは本件事故と相当因果関係にあるものということはできない。
三責任
1 <書証番号略>、証人吉沢洋子、同高橋貞文の各証言と原告、被告後藤各本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。
(1) 本件ゴルフ場は、愛川コース、相模コース、城山コースの三コースに分かれ、それぞれ一番ホールからスタートして九番ホールで次のコースの一番ホールに続くように作られている。
城山一番は、左ドッグレッグ、距離三五五メートル、パー四のミドルホールである。左側に相模九番があり、両ホールは、別紙略図のとおり、城山一番が左に曲がる位置に相模九番が張り出すような形で接しており、両ホールの間には高さ五ないし六メートルの樹木が植えられている。右樹木のため、城山一番のティーグランドから相模九番のフェアウェイを見通すことはできないし、相模九番のフェアウェイから城山一番のティーグランドを見通すこともできない。
城山一番のティーグランドは、打ち下ろしになっているため、城山一番のフェアウェイは相模九番のフェアウェイよりも約七ないし一〇メートル低くなっている。本件事故発生地点は、城山一番のティーグランドからはやや打ち上げるような位置にある。
城山一番のティーグランド右前方には山林があり、そこはアウト・バウンズ(OB)とされ、相模九番との間の樹木の中に打球が入った場合は一打付加とされている。
(2) 城山一番でティーショットをするプレーヤーは、右前方がOBであるため、そこを避けようとして左に打球を飛ばし、しばしば相模九番のフェアウェイにまで打ち込んでおり(原告本人は、打球が左に飛び一打付加になる者の割合を三組か四組に一人と供述している。)、昭和五三年には右樹木の中でボールを探していたキャディーの須藤某が城山一番からの打球で手首を骨折し、昭和五七年七月にも相模九番の高麗グリーン脇のカート道でキャディーの山内政子が城山一番からの打球を顔面に受けて唇を切り、歯を折る怪我をしている。
こうしたことから、キャディーの間では、相模九番は本件ゴルフ場の中で最も危険な場所の一つとみられていたが、被告会社は、本件事故前にはコースのレイアウトの変更、防護柵の設置といった効果的な事故防止対策を何も講じなかった(被告会社は、本件事故後になって、ようやく相模九番のカート道に沿って、網を張った防護柵を設けた。)。
(3) 被告後藤は、一ラウンドの平均スコア一〇〇前後の技量である。
事故当日は、相模コースからスタートし、相模九番を終わって城山一番のティーグランドに移ったが、城山一番でティーショットをする際には、左側に隣接して相模九番があることは知っていた。しかし、自己の技量からすれば、打球がそこに飛ぶことはないと思い、フェアウェイの中心を狙ってドライバーでボールを打ったところ、打球がフェアウェイのやや左側に高く上がり、途中から左にフックして相模九番のフェアウェイに向かったことに気がつき、その段階で、「ファー」と声をあげて周囲に警告した。
(4) 一方、原告は、相模九番のプレーヤーがティーショットを打ち終えて第二打地点に到達したので、その場でプレーヤーに第二打用のクラブを渡し、城山一番との間に生えている樹木に沿ったコンクリートのカート道に戻った(そこは、城山一番のティーグランドから約一四〇メートルの地点である。)。その時に「ファー」という声を聞き、その直後に城山一番の方向から飛来した被告後藤の打球を前額部に受けた。
2 右認定の事実によれば、本件ゴルフ場は、城山一番からの打球が相模九番に飛び込みやすい構造になっており、本件事故前にもその打球のためにキャディーが負傷したこともあったのに、被告会社は、本件事故が生ずるまでコースのレイアウトの変更、防護柵の設置といった効果的な事故防止措置を何もとらなかったのであるから(被告会社主張の事故防止措置が本件事故の防止に役立たないものであることは、本件ゴルフ場の構造や本件事故の経過から明らかである。)、被告会社の本件ゴルフ場の設置及び管理には瑕疵があるというべきである。そして、本件事故はその瑕疵が原因で生じたものであるから、被告会社は、本件事故によって生じた原告の損害を賠償すべき義務がある。
3 また、右認定の事実によれば、被告後藤は、城山一番でティーショットをする際には、相模九番のフェアウェイを見通すことはできなかったが、左側に隣接して相模九番があることは知っており、そこに打球が飛べばプレーヤーやキャディーに打球があたるおそれのあることは容易に知り得たのであるから、技量に応じたクラブの選択をするなどしてそこに打球が飛ばないようにする義務があるのに、漫然と自己の技量を過信して、クラブの中では最も打球のコントロールの難しいドライバーをもってティーショットをしたために、本件事故を生じさせたものである。したがって、過失による不法行為者として、本件事故によって生じた原告の損害を賠償すべき義務がある。
被告後藤は、原告は打球の衝突する危険の大きいキャディーの業務に就いていたのであるから、打球の衝突による本件事故を容認していたと主張するが、相手に向かってボールを投げたり打ったりする野球、テニス等の球技のように競技それ自体が一定の危険を内包し、その競技をする限りにおいてはこれを避けることができないような場合には、その競技に応じることによってその競技から生ずる通常の危険を容認したとみることはできるであろうが、ゴルフ競技の場合は、相手と対向してボールを打ち合うわけではなく、静止しているボールを打つだけであるから、その競技自体は何ら他人に危険を及ぼす性質のものではない。ゴルフが危険であるとされるのは、打球のコントロールが難しい競技であるのに、打球の及ぶ範囲内に人がいるのにこれに気が付かなかったり、気付いていても技量を過信したり、危険を無視したりして打つからであり、打球の及ぶ範囲内に人がいないことを確かめ、あるいは、人のいる方向へ打球が飛ぶおそれがある場合には、打球をコントロールすることができる限度でボールを打つようにすれば危険はないはずである。一般にゴルフという競技がこのような注意を払わないでボールを打ち、他人に怪我をさせることまで容認しているとはいえないし、また原告がゴルフ場のキャディーであるがゆえにその打球で怪我をすることまで容認していたとみることもできないから、被告後藤の右主張は採用することができない。
四損害
1 休業損害 四〇二万四〇八八円
<書証番号略>、原告本人尋問の結果と弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故前、一か月平均二二日稼動し、各種手当を含めて平均一七万八七九七円の給与を受けていたほか、前年は年間二一万円の賞与を受けており、本件事故がなければ引き続きその程度の収入を得ることができたところ、本件事故による傷害のため、事故当日から平成二年二月二八日まで休業を余儀なくされたことが認められるから、これにより、事故当日から平成二年二月二八日まで20.5か月間の毎月の給与分として三六六万五三三八円、この間の賞与分三五万八七五〇円の合計四〇二万四〇八八円に相当する損害を被ったものというべきである。
2 通院交通費 五万七九六〇円
<書証番号略>と原告本人尋問の結果によれば、原告は、春日台病院と金程診療所へ通院するため五万七九六〇円の交通費を支出し、同額の損害を被ったものと認められるが、先に判断したように、平成二年三月一日以降に通院した関東労災病院と嗅覚障害の治療のために通院した総合相模更生病院への通院は本件事故と相当因果関係を欠くから、この分の通院費を損害とは認めることはできない。
3 入院雑費 六万三六〇〇円
入院一日当たり一二〇〇円の割合で五三日分六万三六〇〇円を入院雑費の損害と認める。
4 後遺症による逸失利益
先に判断したように、原告が後遺症と主張する症状は、本件事故と相当因果関係を欠くから、この症状による逸失利益を損害と認めることはできない。
5 慰謝料 一五〇万〇〇〇〇円
本件事故の態様、傷害の部位、程度、本件事故と相当因果関係のある入通院期間、実通院日数等を考慮し、慰謝料は一五〇万円をもって相当と認める。
右4と同じ理由で後遺症分の慰謝料は認めない。
6 過失相殺
被告らは、原告には被告後藤の打球を避けられるのに避けなかった過失があるから過失相殺すべきであると主張するが、先に認定したとおり、本件事故時に原告のいた場所は、城山一番と相模九番の間の樹木のすぐ近くであって、たとえ城山一番からの警告を聞いたとしても、その樹木の間かあるいは上から突然高速で飛び出してくる打球を発見してこれを避けることは不可能であるから、右主張は採用することができない。
また、被告後藤は、原告にはヘルメットの用法を誤り、あるいは材質の不良なヘルメットを着用した過失があるから、過失相殺すべきであると主張するが、用法の誤りや材質の不良の点についてはこれを認めるにたりる証拠はないし、また仮にそうであっても、そのことが過失相殺をすべき過失であるとはいえないから、右主張も採用することができない。
7 損害の填補
以上の損害合計五六四万五六四八円から原告が控除すべきことを自認する労災保険金三五九万九〇〇三円を控除すると、その残額は二〇四万六六四五円となる。
8 弁護士費用
本件訴訟の請求額、審理の態様、認容額等を考慮し、本件不法行為と相当因果関係にある弁護士費用の損害を二〇万円と認める。
五よって、原告の請求は、被告らそれぞれに対し、右7の二〇四万六六四五円と8の二〇万円との合計二二四万六六四五円とこれに対する不法行為当日の昭和六三年六月一五日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので、その限度で認容し、その余を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官小林亘)
別紙